旅の途中

連休あれこれ 


SONY α7R ll / FE 24-70mm F2.8 GM
資料館の桜は毎年撮り続けているが、今年ほど撮れなかったことはない。新しいカメラとレンズを携えて意気揚々と出掛けて来たけれど、さっぱりだった。機材の性能に恃むあまり、創意と工夫という最も大切なことをなおざりにしてしまったのかも知れない。反省.....。
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連休初日の夕暮れ時に 


SONY α7R ll / FE 24-70mm F2.8 GM
夕陽を受けて艶やかに色づくコーヒーノキ。いつもぼくのソファーの隣りに居て、じっと静かにしている可愛い奴です。



SONY α7R ll / FE 24-70mm F2.8 GM
夕暮れ時のこの色温度が好きです。とても静かで、落ち着く色。考え事をするのにちょうど良し。

閑人記3 


SONY α7R ll / SUMMILUX-M 50mm ASPH / VM-E Close Focus Adapter
札幌でもようやく桜が咲き始めました。そして毎年この季節になると家内の年が一つ増えるのです。年々シワが増え、腹が出て、どんどん婆さんタヌキのようになっていくのですが、どういうわけなんだか、誠に不思議なことに、年を取れば取るほどに可愛いさが増していくようです。



SONY α7R ll / SUMMILUX-M 50mm ASPH / VM-E Close Focus Adapter
まあ、そんなわけで、今夜は無けなしの小遣いでご馳走してあげるとしようか。さあさあ、酒は呑め呑め、酔うほどに、酔うほどに……




閑人記2 


SONY α6500 / SUMMILUX-M 35mm 球面 / VM-E Close Focus Adapter
久しぶりに万年筆の手入れをして、スッキリ綺麗になったペン先を撮ってみた。こういうのが地味に嬉しい今日この頃である。ところで最近ぼくはつくづく思うのだが、女と言うのは実に邪魔な存在であり、女房以外は面倒だから居なくていい。そんなことを言うなら男のほうがもっと邪魔な存在であり、自分以外の男も居なくていい。つまり、みんな居なくていい。な~んて、こんなことを言ってたら世間を敵に回してしまうかなぁ~。本は三十年ぶりに読み直している阿部知二の「冬の宿」。う~ん。

閑人記1 


SONY α6500 / SUMMILUX-M 35mm 球面 / VM-E Close Focus Adapter
右にあるのはティーポットのホルダーです。つまり、さっきまでぼくはモーニング・ティーを飲んでいて、ティーポット・ホルダーがキッチン・カウンターに置かれているというわけです。で、紅茶を飲むに際して、大好物のアイリッシュウイスキー「ジェムソン」を加えました。そうしてジェムソン紅茶をお代わりしているうちに、段々と調子が出てきて、ロックで飲み始めたという次第です。ほろ酔い気分でこの1枚を撮ってみましたが、球面ズミルックス独特の光の滲み具合はやっぱり格別だなぁ、と感じるわけです。写真をクリックするとフルサイズの画が開きますので、興味のある方はご覧ください。さて、ぼくがジェムソンを飲んでいるのを見た家内は、対抗意識を燃やしたのか、なんと一升瓶を持ってきて日本酒を呑み始めました。朝から日本酒ですよ。ひどいですよね~!

雪暮れ 


SONY α6500 / Vario-Tessar E16-70mm F4 OSS / 200mm相当(全画素超解像ズーム使用)

音もなく夕闇が忍び寄る頃、路肩に車を停めて、しばらくこの景色を眺めていた。
すると不意に、sacraさんが夜の日本橋を撮った写真のことを思い出した。
その記事の中で sacraさんは、こんなことを書いていた。

久しぶりに休日に街に出てみた。
上野から日本橋まで歩くうちに、いつの間にかすっかり夜になっていた。
きっと人生もそんな感じなんだろう。



SONY α6500 / Vario-Tessar E16-70mm F4 OSS

こちらもすっかり暮れてきた。
この写真を撮りながら「雪暮れ」というタイトルをつけようと思っていたら、
不意に「行き暮れ」という文字が浮かんできて、ドキリとした。

30年前の空耳 


一期一会 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH / 04:35 AM
その人の写真はどれも文句のつけようがないほど完璧で美しい。構図には微塵の隙もなく、うっとりするほど滑らかなトーンといい、奥行きのある表現力といい、本当に素晴らしいの一言に尽きる。作風も実に多彩で、小さな静物写真から雄大な風景写真まで、いったいどれほど懐が深いのかと驚嘆するほどである。しかしながら、誠に残念なことに、その人の写真はどれも構図から表現手法からフォーマットに至るまで、それぞれの領域で確固たる地位を確立した有名写真家のそれらとそっくりなのである。一流プロに伍するほどの技量とセンスを持ちながら、何故にオリジナリティを追求しようとしないのか、それが不思議でならず、返す返すも残念でならない。昨年、その方の写真展を拝見した後で、角が立つのを覚悟の上でそのような趣旨のコメントをさせて頂いたが、やはりそれは余計なお世話であったかも知れない。昨日、久しぶりにブログを拝見したら、相変わらず誰かの真似をしておいでのご様子。思いの通じぬ、切ない一期一会であった。

ある懸念 


Canon 5D Mark lll / EF70-200mm F4L IS / 写真の町 東川町にて
私は合成写真というものが大嫌いである。勿論、写真表現の一つとしてそのような手法があっても構わないが、少なくとも撮影時に多重露光を行なうとか、星景写真のように比較明合成を前提とした撮影を行なうとか、そうした明確な目的意識を持って撮影されたものであるかどうかが理非曲直の分かれ目であると考えている。というのも、まったく別個に撮った写真を後からパソコン上で都合のいいように合成するなどという行為は、その画像の見栄えがいかに素敵であっても、私に言わせれば合板の家具みたいなもので、無垢材のそれとはまったく価値が異なるように思われるからである。何故唐突にこんなことを言い出したかと言えば、数日前に撮ってきたこの写真が自分としてはなかなか気に入っているのだが、見ようによっては合成写真のように見えなくもない、ということを懸念したからである。

燃えるような朝焼け 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH
先日の出勤前の風景。札幌でこんな朝焼けが見られることは滅多にないので非常に驚くと同時に、数年前、ミラノで邂逅した朝焼けを思い出した。



RICOH GXR MOUNT A12 / UWH 12mm F5.6
ミラノでは5日間ずっと雨に降られ続け、6日目のこの日も雨の予報だったから、すっかり観念してホテルの天窓から聖母マドンニーナを眺めていた。そうしたら突然、濃紺の空の向こうに燃えるような朝焼けが出現し、あっという間に赤く染め上がってきた。これはもう着替えをしている時間などないと思い、パジャマのままホテルを飛び出し、大聖堂に走った。無我夢中でシャッターを切り続け、満足してホテルに戻ると、レセプションの女性が笑いながらこっちを見ている。ぼくは頭を掻きかき、カメラのモニターでこの写真を見せたら「Wow! Amazing!」と叫んで目を見開いていた。忘れられない旅のひとコマである。

脳梗塞の恐怖 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH
制酸薬の PPI を長期服用していると認知症発生リスクが4割以上も高まるという恐るべきデータを以前の記事で紹介したが、その後まもなくして、PPI は胃酸の分泌を抑制するのみならず、個々の細胞内にあるリソソームの酸分泌をも抑制するという仰天動地の基礎論文が発表された。リソソームというのはすべての細胞内に存在する細胞小器官のひとつで、細胞内に蓄積したゴミを分解する働きがある。人間社会に例えていえばゴミ焼却炉みたいな役割を担っているわけだが、その働きが PPI によって抑制される結果、細胞内にどんどんゴミが溜まって行き、細胞の老化が早まるということらしい。それはちょっとマズイな~と思って、ある夜 PPI を服用せずに寝てみたが、そしたら一晩中ひどい胸焼けで死にそうになり、こんなに辛い思いをするくらいなら認知症になったっていいから俺は PPI を飲み続けるぞ~!と決めたわけです。



LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH
どうせ認知症になるなら今のうちに旨い酒をどんどん呑んでしまえ~と尻をまくっていたところ、つい先頃、またしても涙がちょちょ切れるような臨床データが発表された。上部消化管症状があって内視鏡検査を受けたデンマーク国民24万4679人(平均年齢57歳)を対象に、PPI の服薬状況と脳梗塞発症率との関係について6年間に及ぶ追跡調査が行なわれた結果、高用量の PPI 常用者は脳梗塞発生率が最大90%も上昇していたというのである。何ということだ..... 認知症にはなってもいいけれど脳梗塞で寝たきりになるのは困るなぁ。介護のおばさん達にオムツ交換をされるなんて絶対にイヤだぞ。ああ、どうしよう。今夜は PPI を飲まずに寝てみようかな。神様、どうか胸焼けがしませんように。「そんな神頼みする前に、まずは酒呑むのやめろ~!」という罵声が飛んできそうですが.....

Sacraさんのタンバール #1 


10月下旬の某日、sacraさんから近況の綴られたメールを頂戴したが、文末に「差し支えないようでしたらご住所をお教えください」と書いてあった。sacraさんのことだから、何かお考えがあってのことだろうと思い、特に理由を聞くこともなく住所をお伝えした。すると数日後に突然レンズが送られてきた。なんと、sacraさんが愛用していらっしゃるタンバールである。タンバールとはライカで唯一のソフトフォーカスレンズで、製造本数が3000本に満たないという稀少性と、その独特の美しい描写から「伝説のレンズ」とも「究極のレンズ」とも言われている逸品中の逸品である。ライカファンならば誰もが死ぬまでに一度は使ってみたいと夢見つつ、ほとんどの人は夢で終わってしまうという、斯くも貴重なレンズをポンと送ってきて、「どうぞ、ご自由にお使いください。もし気が向いたらこのレンズで撮った北の大地の写真をブログで見せていただければ幸いです」とさらりとおっしゃる。あまりのことに腰を抜かしそうになった.....




Leica M9-P / Thambar 9㎝ F2.2 №226
sacraさんのご厚意に甘えて、さっそく使わせてもらうことにした。画像クリックで元画像が展開します。更にもう一度クリックすると等倍画像が展開します。ピントは中央やや上の楓に合わせています。他に類を見ない美しい光のにじみ具合を是非大きな画像でご覧ください。なお、この手の写真は本来、絞りを絞ってパンフォーカスでビシッと撮るのが定石ですが、そんなことをするとタンバールの魅力が減弱するので、あえて絞りを開けて撮っています。

それにしても、先月、カメラストラップがどうのこうのという変な夢を見て、そのことを記事にしたせいで、sacraさんにはすっかり気を遣わせてしまい誠に申し訳なく思っている。ブログ上でのお付き合いが深いとは言え、実際にはまだお目にかかったこともない、そんな私に大事な大事なタンバールをお貸しくださるなんて、ぐっ と胸に迫るものがあった。この年になって心から信頼しあえる友人ができるなんて、本当にありがたいことです。

トタンの秋 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH

昨夜、sacraさんの夢をみた。ブログを通じて親しくお付き合いをいただいているが、その友情の証としてカメラストラップをお贈りしたいと思い、「お好みのものをお知らせください」とメールでお伝えしたところ、sacraさんが希望されたストラップは厚手の革の大層ごっついタイプのものだった。sacraさんは2台の M9-P にそれぞれ色の異なるアルチザン・アーチストの組紐ストラップをお使いのはずで、その様子を以前ブログで拝見したときは、「欧州の風物やデザインを心から愛していらっしゃる一方で、実は繊細な和風テイストも大切になさる方なんだなぁ」としみじみ感じ入ったものだ。その sacraさんがハード仕様のごっつい革ストラップを希望されたのだから、かなり意外な気がした。
その直後に夢の場面が変わって、目の前に突然 sacraさんが現れた。驚いて「どうしたんですか!?」と尋ねると、「ストラップをプレゼントしていただく上にわざわざ東京まで送ってもらうのは気が引けるから、直接受け取りに来ました」と言って笑っている。ストラップ如きのためにわざわざ東京から飛んで来てくださるなんてあまりにも恐縮すぎて、ぼくは全身から汗が吹き出し急に血圧が下がってその場で卒倒してしまった。その場というのはヨドバシカメラ札幌店2階のカメラストラップ売り場である。そこで夢から覚めた。
夢から覚めたぼくは実際に汗だくになっていて、大急ぎで下着とパジャマを着替えたほどだ。しかし如何に夢とは言え、わざわざ東京から来ていただいたのに卒倒して倒れたままでは終われないと思い、もう一度寝て、夢を見直すことにした。すると間もなく場面は自宅のリビングに変わり、ワイングラスを傾けながら写真談議に大いに華が咲いている。その間に家内は風呂を焚き、浴衣を用意し、客室のベットを見やりながら「長身の sacraさんがこの小さなベットに収まるかしら?」と首をかしげている。「だったらベットを2台並べて正方形にして、斜めに寝てもらったらどうだ?」とぼくが提案し、自分で提案しておきながら「それはあまりにも失礼だろう」と自分で自分に難色を示したところでまた目が覚めた。sacraさん、勝手に変な夢を見てすみませ~ん。

名古屋の友人のこと 


LEICA X2
これは 2013 年の初夏に名古屋を訪れた際、ROGAN さんと一緒に栄町界隈を撮り歩いたときの1枚だ。ROGANさんとぼくが並んで歩いて、その後から助手がついて歩いたが、あとで助手が言うには「ROGAN さんとおとーさんでは見ているものが全然違ってるようですよ~。同じ方向を見ていても、ROGAN さんはおとーさんよりもずっと先のほうを見ているみたい」とのことだった。

そういうカメラアイの奥深さに加えて、ライカの先輩ということでも ROGAN さんは自分のずっと先を行っていた。「ぼくはM8を3台持っていたことがあります」とおっしゃたのを聞いて、「いつか自分もライカを3台持ってみたい!」という強烈な夢を抱くこととなった。昨年、いよいよ夢を実現するという段になって、「果たして3台も必要だろうか?」と自問することもあったが、とにかく ROGAN さんが極めた高みに一度は自分も立ってみたいという思いでそれをやり遂げた。結果的に「3台も必要なかったなぁ」と、今や夢から覚めて冷静に反省しているところではあるが(苦笑)

また、新型のカメラには見向きもせず、型落ちになったカメラを好んで購入するという妙な嗜好性も ROGAN さんの影響によるものである。とにかく自分にとって二つ年上の ROGAN さんは写真人生の兄貴分的な存在で、たった一度お会いした切りではあるが、ずっと憧れの存在であり続けている。つい先日、久しぶりに携帯メールでおしゃべりをさせてもらって、実に楽しかった。50文字しか打てないガラケーのCメールでチマチマ送信していると、「ぼちぼちスマホにしたらいかがですか?」と笑われてしまった。自分の携帯代は月 720円で、その安さに生き甲斐を感じていた次第であるが、ROGAN さんにそう言われたからには考えないわけにはいくまい。よし、次のミッションはスマホの導入だな。

懐かしい曲を聴きながら 







オリンピックが終わってしまったからというわけでもないのですが、最近どういうわけか、何の脈絡もなく、突如として胸に去来する思いが様々にあって、読書もせず、パソコンもやらず、自室でじっと目を閉じて過ごす時間が多くなってきました。そしてやはり何の脈絡もありませんが、あの小比類巻かほるさんも今年で49歳になるんですね。時というのは容赦なく過ぎていくものですねぇ..... 参ったなぁ.....

千切れ雲 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 35mm 球面





池のほとりにへたり込んで、何もかもどうしてこんなにうまく行かなくなってしまったのかと、その人は嘆息していた。素晴らしい夕焼けが、それこそ燃えるような夕焼けが空を染め上げているというのに、その人はうつむいたまま身動きもしない。いつまでもそうしているうちに、夕空は段々と色を失ってゆき逝き.....
ふと見ると、こんな時間にぽつりと、まだかすかに、ほんのかすかに残照を宿して千切れ雲が浮かんでいた。もうどうにでもなれと思っていたのに今更どうしてなのか!と、その人は胸の内で叫ぶ。しかし、いくら叫んだとて聞こえるわけでもなし無し.....
夕闇の底にうずくまるその人は、もしかすると自分のようでもあったし、幻のようでもあった。
そしてエコーのように語尾が重なるのは..... あれは、アチラ側からの共鳴だったのだろうか?

荒地の詩 


Canon EOS D60 / Tokina 17mm F3.5 / 2003年8月10日の写真日記より抜粋




おんなについて 


Canon EOS D60 / SIGMA 70-300mmF4.5-6 / 2002年7月11日

マルセル・プレヴォーが 1911年に発表した短編 「田舎」の中に次のような一文があった。
「女の手紙の意味は読んで知れるものでは無い。推測しなくてはならない。大抵わざと言わずにあるところに、本意は潜んでいるものである」
訳者は森鴎外、三毛猫はるちゃんは我が家の誰よりも女らしいメス猫であった。

雑 感 


Canon 5D Mark lll / EF135mm F2L / 円山公園
雌が一羽に雄が二羽。どこの世界もややっこやしいことですなぁ。この写真はGWの小雨の降る日に撮ったものですが、先日この池に来てみたら雄が一羽しかいませんでした。夫婦になった二羽はどこか別のところへ飛んで行って子作りに励んでいるのでしょう。独り残された雄がちょっと哀れに感じられたけれど、しきりに潜っては食事に余念のない活発な様子を見て何となく安心しました。



LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH
ところで本州ではもう梅雨入りしたとか。小説家の上林暁によれば、一年のうちで一番酒が旨いのはシトシトと梅雨の降る晩だそうです。北海道で蝦夷梅雨なんていうのは真っ平御免ですが、本州のどこか古い温泉宿で離れを取りましてね、縁側に胡坐をかいてちびりちびりとやれたら、それはそれは風情のあることだろうなぁと、さっきからずっと舌なめずりしているところであります。う~ん。

箴 言 #2 


Canon 5D Mark lll / EF135mm F2L
昨年末、旭川の古本屋で購入した阿刀田高の「夜の旅人」の中に次のような条があった。
「狭い道でゆずれ、広い道で急げ」
この意味について作中の人物は次のように語っている。
「道が狭いときは人に譲ってやればいいんだ。そのかわり道が広くなったらどんどん走ればいい。そのほうが人と争わなくてすむし、結局は早く着く」



Canon 5D Mark lll / EF135mm F2L
この「ゆずる」ということが、どんどん難しい世の中になってきているように思う。昔はゆずれば何某かの感謝があったが、今はゆずってもらって当たり前、それどころか譲ることを他者に強要して憚らぬ馬鹿者どもがそこらじゅうに溢れている時代だ。ゆずった者が馬鹿を見る、そんな社会であっていいのかと嘆息する毎日である。

悪 夢 


学会で名寄に来ていた。
講演を終えて控え室でくつろいでいると、接待役の青年が入ってきて、「宴席の用意が整っておりますので、どうぞお出でください」と言う。行ってみると、昔の結婚式場みたいに細長いテーブルがずらりと並んで、偉そうな顔をした人達がおおぜい差し向かいに座っている。その中央の席に案内されて「どうぞ、こちらへ」と着席を促されたが、どう見てもこの人達は学会関係者ではなさそうだ。私は座らず立ったままで「ええと、皆さん方はどういった関係の方達ですか?」と尋ねると、正面に座っているひと際偉そうな男が「地元の警察の者です」と云った。私は急に不愉快な気持ちになり「そうですか、警察の方達ですか。それは大変結構なことです。しかし自分はちょっと急用を思い出したので失礼させていただきますよ」と云って、さっさと会場を後にした。
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自転車散歩 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH
先週末、天気がよかったので夫婦で自転車散歩に出かけた。黒いのが拙者ので、ブルーのが家内の(もともとは娘の)。家内のはあちこちサビだらけで相当ガタが来ている。還暦が近くなって膝も痛むようになってきたようだから、そろそろ電動アシスト自転車でも買ってあげようかと思うのだが、それがアダとなって事故にでも遭ったら大変だしなぁ..... と、二の足を踏んでいる。



LEICA M-E / SUMMILUX-M 35mm 球面
住宅街を走っていたら、松葉杖で体を支えながら庭掃除をしている御老体を見掛けた。クロッカスが眩しいほどに輝いていたので、「1枚撮らせてもらっていいですか?」と尋ねると、「独り身でこんな体だから、満足に手入れも出来ず、こんな庭で恥ずかしいことです」とおっしゃった。こちらは写真の撮り得をしたけれど、御老体には何の足しにもならなかったなぁと、後になって気になってきた。富士フイルムのチェキのように、その場でプリントを差し上げることが出来ればせめてものお返しになるのだがなぁ。自分の撮影システムでどういう方法が可能か、真剣に考えてみようと思う。

制酸薬と認知症 


LEICA M-E / APO-SUMMICRON-M 75mm ASPH

少し前のことになるが、制酸薬の PPI(オメプラール、タケプロン、ランソプラゾール、パリエット、ネキシウムなど)を長期服用している高齢者は認知症の発生リスクが4割以上も高くなるという驚くべき論文が JAMA(超一流の医学雑誌)に掲載された。これまでにも PPI をマウスに投与すると認知症の原因物質である脳内アミロイドβ が増加することが基礎実験で明らかにされていたが、今回の論文ではドイツ最大の公的医療保険である Allgemeine Ortskrankenkassen のデータベースを用い、2004 年から 2011 年の期間におけるすべての診断記録と PPI 処方データを抽出し、8万人に及ぶ症例を対象に追跡調査されたものであるから、その調査結果はまず間違いのないものと見ていいだろう。小生などは術後8年間に渡って連日の服用を余儀なくされているが、今に若年性認知症を発症するんじゃないかと戦々恐々である。また、ストレス社会の現代においては過酸による胸焼けなどで PPI を服用している人は非常に多く、我が国の薬品売上ランキングでタケプロンはベスト 10、ネキシウムはベスト 20に入っているほどである。安倍政権は医療費抑制政策のひとつとして大部分の医薬品のネット販売を事実上解禁してしまったが(つまり病院にはかからず自分で買ってくださいということ)、PPI を野放しにする結果、認知症患者が激増する事態となったらどうするのか。さてさて、大変な論文が出てきたものである。興味のある方は「こちら」を参照されたい。

クッキーデイ 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH
3月14日、帰宅して玄関を開けたら家内が待ち構えていて、「おとーさん、800円ちょうだい♪」という。いきなりそれはどうしたわけだい?と尋ねると、「ホワイトデイのクッキー、自分で買ってきたから、そのお金をお願いしま~す♪」と。なるほど。結婚して 30 年、バレンタインのお返しなどただの一度もしたことがなかったから、とうとう強硬手段に出てきたというわけか。まいったね(^^;

青二才の頃 


LEICA M-E / APO-SUMMICRON-M 75mm ASPH / F5.6
この世に完全なる者など存しえないことは自明であるのに、身の程知らずの十代よろしく、勉学上の完全無欠を本気で希求したが故、到底至りえぬ己れの不甲斐なさに激昂し、「お前は豚以下だ!」と書きなぐったあの頃の自分はきっと正しく真っ直ぐだった。その後の人生は只々馬齢を重ねたのみ。それはそうと、つい昨日 YouTube で発見したのだが、当時 FM でよく聴いていた "You belong to me" のカーリー・サイモンがこんなにもいい女だったとは全く知らなかった! そんな大事なことも知らぬまま 40 年近くも過ぎてしまったなんて、ガチョ~~ン w( ̄△ ̄;)w である。


海上の斜光線 


Canon 5D Mark lll / EF70-200mm F4L IS
漆黒の水平線上に斜走する光あり。これを見て、内田百間の短編「件」を思い出した。件(くだん)とは体が牛で顔だけ人間の生き物で、生まれて三日で死ぬが、死ぬ前に重大な予言をすると言い伝えられている。主に凶作や疫病や戦争などの凶事を予言し、その的中率は100%である。この妙な生き物とこの写真がどう繋がるのか、くどくなるので説明は省くが、この写真を撮って以来、自分が件になった夢を見て、びっしょり寝汗をかいて夜中に目覚めることが多くなった。そろそろ本当に駄目かもしれない。なお、濃紺の空にトーンジャンプがあるように見えるかもしれないが、14bit RAWファイルのストレート現像なので理論的にそれはあり得ない。見えているのは大気の対流境界層である。

朝 日 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH
室内観葉植物のくせに昨秋からハラハラと葉の落ち始めたベンジャミンの木。かろうじて残り葉が二つ、三つ。さっさと落ちてしまえばいっそ清々するものを。ところで朝日という奴は真正面から逆光で撮るよりも順光で撮るほうがよほど色っぽい。故に小生は西の窓を開け、そこに反射している朝日を撮るのである。



LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH
その反射した朝日が差し込んで今度は東の壁に映る。すると何だい、これは。まるで斜陽の図じゃないか。けしからん!

天の声A「一番けしからんのは年頭の誓いも何処へやら、さっそく朝寝坊に出不精を決め込んでいるなかまち君じゃないのかい?」
天の声B「だいたいパジャマを着たまんまで、こんな手抜き写真を撮っていい気になってるなんて、たるんでるよね」
天の声A「そうだね、たるんでるよね。この人はもう駄目かもしれないね」
天の声B「そうだね、駄目かもしれないね」

箴 言 #1 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 35mm ASPH
どの著書であったか、城山三郎氏が随筆の中で次のような箴言を紹介している条があった。
「静かに行く者は健やかに行く。健やかに行く者は遠くまで行く」
この「静かに行く者」を自分なりに英訳して「silent walker」なるハンドルネームを名乗ったことがあった。7~8年前のブログでね。
しかしそうした思いとは裏腹に、何時までたってもなかなか静かに歩むことができない。やはり相当生い立ちが悪いのだろうなぁ.....

ウィスキー 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH
年末年始で帰省していた娘夫婦が昨日ようやく長野に帰った。正確に言うと、婿殿は仕事があるから3日に帰ったのだが、実家の居心地のよさ故か娘だけが昨日までだらだらと我が家で「無責任な娘気分」を謳歌していたのである。お陰でこちらはいささか肩が凝った。家内はもっと肩が凝ったことだろう。そう思って、昨夕「白州」を1本買ってきて、台所のカウンターに置いておいた。ウィスキー好きの家内を慰労するためである。そうして今朝見たら、知らない間にこれだけ減っていた(笑)

帰り道 


RICOH GR
大学に勤務していた頃は自宅までたった 500m の距離を歩いて帰る気力も体力も残っておらず、毎晩12時前後に家に電話しては家内に車で迎えに来てもらったものだ。当時はタクシーに乗る経済的余裕もなかったしね。それが今では片道 5km の通勤路を小1時間ほどかけてのんびり歩くのが楽しみになっているのだから、人生とは分からないものだと思う。