旅の途中

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世界の果ての旅カメラ 


RICOH GR DIGITAL 3 / 大雪山中にて

もしカメラを1台だけ持って世界の果てまで旅するとしたら、あなたは何を持っていく?
昨日までの自分だったら迷わず M9-P+Summilux 35mm ASPH と答えたことだろう。
でも今日、久しぶりにこの写真を見直してみたら、GR のほうが相応しいのではないか?
そんなふうにも思えてきた。

実際のフィールドは勿論のこと、都会の中や、日常の中の、時には心の中のそれも含めて
GR には「荒野」がよく似合う。

GR DIGITAL 


RICOH GR DIGITAL 3 / 大雪山中にて

CONTAX T3 のクリアでキレのある画質には心から満足していたが、鹿児島の旅から戻ってしばらくすると手放してしまった。というのも、あの洒脱でツルンとしたデザインがどうしても自分の手に馴染まなかったからである。この「手に馴染む」という点においては多分 GR シリーズの右に出るコンパクトカメラはないだろう。ぼくは GR1V → GRD → GRD3 と使ってきたが、それらの手に吸いつくような握り心地の良さときたらこれはもう抜群で、例えていうなら、若いおねーちゃんの太ももをピチピチと掌で打って、おもむろにさするときの感触よりもずっと官能的でさえある。だから GRD を握っていれば、ぼくはもうおねーちゃんのことなど全く眼中になくなるわけで、そのような倫理的効用の観点からも GR というのは誠に結構なカメラなのである。しかしながら、そのグリップ感の素晴らしさがむしろアダとなり、油断してストラップも付けずに撮りまくっていたところ、最初の GR1V は厳冬期の網走能取岬から落下して流氷海の藻屑と化し、その次の GRD はやはり厳冬期の阿寒岳山頂から断崖絶壁を滑落して行方不明になった。現在手元にある GRD3 は購入後4年を経て未だ存命中だが、過酷な使い方をしてきたツケで、最近は AF がまともに合わなくなった。だからそろそろ新しい GR を導入したいと思っているのだが、いかんせん、新型 GR はグリップの形状が従来のものと微妙に違っていて、握った感じが今ひとつしっくりこないのである。それで今、どうしたものかと悩んでいる。なお、私は品行方正な人間であるから、おねーちゃんの太ももの話はあくまでも想像上の喩えであることを付言しておきたい。

鹿児島にて 


CONTAX T3 / RDPⅢ

普段の散歩写真であれば「よし、今日は 50mm1本で撮りあるこう」といった感じで撮影機材をあっさり割り切ることも出来るし、そうした潔さが撮影を単純化して好結果をもたらしてくれることも多々ある。しかし、もう二度と行けないかもしれない土地へ旅するときにそこまで割り切ることができるかというと、これがなかなか容易ではない。一生に一度きりの出会いであればこそ、悔いの残らないよう思う存分に撮っておきたいと願うのは写真を趣味とする者の当然の性であり、それ故に機材選びに頭を悩ませることになる。自分の写歴の中で単焦点カメラを1台だけ持って旅した経験はほんの数えるほどしかなくて、鹿児島の旅はその数少ないひとつだったが、思うようにフレーミングできなくて四苦八苦したシーンを昨日のことのように思い出すことができる。今となってはそれもまた楽しい思い出である。撮れるものだけ撮るという、そうした「潔い写真旅」をまたしてみたいなぁと思う一方で、果たして今の自分にそれができるだろうかと自問を重ねている昨今である。



CONTAX T3 / RDPⅢ / 薩摩藩・島津家別邸にて

酔っぱらいの詩 


2004年7月、炎暑の午後、鹿児島中央駅に着いた。「桜島はどっちの方角でしょう?」と道行く人に尋ねると「あっち」と云うので、その方向に向かってぶらぶらと歩いて行った。見知らぬ街を地図など持たずに歩き回るのが当時の自分の流儀だった。なるべく車の少ない路地を選んで、時には人様の敷地を勝手に失敬して通り抜けたりしながら、小1時間ほど歩くと海に出た。桜島と初のご対面。




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静かな夕暮れ 


RICOH GR1V / RDPⅢ / 積丹にて

WIEN 2010 #10 


RICOH GR DIGITAL3 / 夜のトラム
2010年にウィーンを訪れたときの撮影機材は M8.2 と GRD3 の2台体制だった。6日間の滞在期間中におよそ 1,000枚の写真を撮ったが、そのうちの実に 76%は GRD3 で撮ったものだった。当時の自分は「ライカで撮る」ということにそれほど拘泥しておらず、そのシーン毎に適切な画角を選択したり、状況に応じた素早さで撮ることのみに集中していたように思う。それでも十分に満足のいく結果が得られたし、今こうして当時の写真を見直しても(手前味噌で恐縮ですが)ああ、いいなぁ.... と感じるのである。自分の気に入った写真が撮れさえすれば、機材なんてどうでもいいじゃないかと、そんな当たり前のことを最近つくづく感じている次第である。

WIEN 2010 #09 


RICOH GR DIGITAL3 / 夜のエリザベート

WIEN 2010 #08 


RICOH GR DIGITAL3 / 夜の美術館

WIEN 2010 #07 


RICOH GR DIGITAL3 / トラム・パッシング

WIEN 2010 #06 


RICOH GR DIGITAL3 / 映画「第3の男」の名シーンで有名な大観覧車

昔のこと 


LEICA M7 / SUMMILUX-M 35mm 球面 / RDPⅢ

結婚式の引き出物で頂戴した置時計であるが、さて、それは誰の結婚式だったろう?
そんなことさえもうすっかり忘れてしまった。仕事のことしか頭になかった頃の.....
つまり、自分が生まれ変わるずっと前の、遠い昔のこと.....

利尻島旅情 






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妙な色 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 50mm ASPH
夕暮れ時の徒然にお気に入りのマイ・ソファーを撮ってみた。差し込んだ夕日はもっと美しいオレンジ色をしていたのだが、M9 のホワイトバランスは相変わらず妙な色を出してくる。その妙な色がフグの毒のように私の脳髄を痺れさせるてくれる。

路傍の花 








1-3: LEICA M-E / SUMMILUX-M 50mm ASPH  4: LEICA M9-P / SUMMILUX-M 35mm ASPH

路傍の花であるから、最後のカットは背景の鉄パイプを是非ともフレーミングしたいと思い、35mm で撮ってみた。しかし後で振り返ってみると、そういうのは余計な作為だったかも知れない。作為と不作為。なかなかに難しい.....

GXR MOUNT A12 


RICOH GXR MOUNT A12 / SUMMILUX-M 35m 球面 / 野幌にて

GXR MOUNT A12 のイメージセンサーはローパスフィルターレスなので、その描写には「自然なキレ」があります。これはシャープ処理を施して輪郭強調した際に得られる「人為的なキレ」とは本質的に異なるものです。例えていうならば、前者は素肌が美しい状態、後者はメイクを施した状態とでもいえましょうか。ぼくは子供の頃から厚化粧の女性が大好きでしたが(今も大好きですが)色々なデジカメを使って段々と目が肥えてくると、パッと見のキレイさと、内面から滲み出てくるような控え目な美しさの違いが分かるようになってきました。このローパスフィルターレスが今や日本のメーカー各社のセールスポイントになりつつあるようですが、ここでちょっと注意が必要です。ローパスフィルターレスであれば何でもいいかというと必ずしもそうではありません。どういう画作りをメーカーが指向しているかによって「品質」がかなり異なるからです。例えば撮影感度を上げればノイズが出てくるのは必然ですが、これを消そうとするメーカー側の作為が強ければ強いほど「自然なキレ」は失われていきます。都合の悪い部分にどんどん化粧の上塗りをしているのと同じことだからです。それは決して高感度領域だけの話ではなくて、ノイズレスに拘りの強いメーカーの画作りは、低感度領域においてもその傾向がハッキリと表れているようにぼくは感じます。せっかく美しい肌を持っているのに、その肌理の細やかさを塗り固めてしまうような下手な化粧はイカンな~と、最近腕組みをして唸ることの多いなかまちであります。ちなみにリコーとシグマとライカはノイズ処理の不十分さが幸いして「自然なキレ」に関しては1番だと思います。

旧レンガ工場 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 35mm ASPH



LEICA M-E / SUMMILUX-M 50mm ASPH / 江別市レンガ工場跡地にて

ラベンダーの咲く頃 





LEICA M-E / SUMMILUX-M 50mm ASPH / 江別市ガラス工芸館

少 年 





SONY RX100 / 近所の公園で

燃 費 








SONY RX100

散 歩 


LEICA M9-P / SUMMILUX-M 35mm 球面 / 北大植物園