旅の途中

酔っぱらいの詩 


2004年7月、炎暑の午後、鹿児島中央駅に着いた。「桜島はどっちの方角でしょう?」と道行く人に尋ねると「あっち」と云うので、その方向に向かってぶらぶらと歩いて行った。見知らぬ街を地図など持たずに歩き回るのが当時の自分の流儀だった。なるべく車の少ない路地を選んで、時には人様の敷地を勝手に失敬して通り抜けたりしながら、小1時間ほど歩くと海に出た。桜島と初のご対面。







惚れ惚れと桜島を眺めていると、ダイビングスーツを着た玄さんが自転車に乗って現れた。玄さんというのは私が勝手につけた呼び名であって、初対面のこの人物の名前を知るはずもない。「おじさん、こんにちは。ここで潜るんですか?」を声を掛けたところ、この「おじさん」という呼び方が気に入らなかったのか、玄さんは不機嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。



そっぽを向かれたが、私は構わず話しかけた。
「こんな街に近いところで何か獲れるんですか?」
「ばかたれ。見てみい」
そういって玄さんは自転車の荷台を指差した。
「ほれ、見てみい。ほれ!」
「おお、これは旨そうですね~」
「喰ってみっか?」
玄さんは貝をひとつ取って私にくれた。



玄さんはここで10数年来、魚を突いて夕食にしているという。
私は漁の様子を撮らせてもらいたいとお願いしてみた。
「撮ってもいいけんど、わしの顔は出すなよ」
「了解!」 話はついた。
玄さんは決して沖の方に出ていかず、この辺りをゆっくり泳いでいる。
「ここは潮の流れが速いんよ。先週も一人、流されて死によった」



玄さんは時折休憩して、腰にぶら下げた瓶を開けてグイッと呑む。
鹿児島本格焼酎マイルド16だ。潜るときはいつもこれを呑んで気合を入れるそうだ。
「酒を呑みながら潜るなんて危ないっしょ~!」
「ばかたれ。こんなもんで危ないことあるかい!」



かれこれ2時間ほども経ったろうか。
私は何も飲まずにずっとテトラポットの上に立っていたから、軽い脱水症状でぼんやりしてきた。
ぼんやりと玄さんを眼で追い、ぼんやりと桜島を眺めた。玄さんはいつまでも漁を続けている。

徐々に日が傾いてきて、私はハタと気がついた。そういえばまだホテルにチェックインしていなかったな。
学会場にも一度顔を出さなければならなかったんだ。
名残惜しかったが、私は玄さんにお礼とお別れの挨拶をして、ようやくその場を後にした。



ホテルにチェックインし、学会本部に挨拶を済ませたらもう明日の発表までやることはない。今夜のレセプションパーティーになんか出るつもりはないので、CONTAX T3 を片手にぶらりと散歩に出た。すっかり喉が渇いていたのでビールを呑むことにした。近くに酒屋があったので、まずそこで1本を一気呑みし、もう1本買って歩きながら呑んだ。鹿児島に来て初めて呑むビールは実に旨かった。気温はまだ 30℃を下るまい。ちょっといい気分になってきたところで、私は玄さんが旨そうにグビグビ飲んでいた鹿児島本格焼酎マイルド 16 のことを思い出した。ああ、俺もあんなふうに呑んでみたいなぁ! ひとたび呑みたいとなったら自分の目はもう酒屋しか探さなくなっていた。ああ、それにしても暑いなぁ。



程なくマイルド16を手に入れた私は、買ってすぐ店内で1本を一気呑みし、もう1本を歩きながら呑んだ。かなりいい気分になってきた。ちょうど公園で赤ん坊をあやしている女性がいたので「この辺りに酒屋はありませんか?」と聞いたら、「あら~だんなさん、仕事帰り? もう真っ赤になってぇ」と笑われてしまった。そういえば自分は背広を着て、右手に T3、左手に焼酎ビンという何とも奇妙な風体をしていたな。まあ、旅の恥はかき捨てでござんす。
公園を抜けて、大きな通りを右に曲がって3丁ほど行くと地元のコンビニがあった。酒棚を見るとトリスのポケット瓶が置いてあった。おお、なんて素晴らしい店なんだろう! 嬉しさのあまり3本も買っちゃったよ。背広の内ポケットに1本、左右のポケットに1本づつ収めた。う~ん、これは非常~にいい塩梅だ。へっへっへ。ついでにネガも1本買っておこうか。



商店街の路地裏で少女らが遊んでいた。
酔っ払った私はパンパンと手を打ちながら大声でこう言う。
「よ~し、みんな、ここに来て整列~!」
すると年かさの女の子が怪訝そうな顔をしてこう云った。
「なんで整列するん?」
「写真を撮るからさ」
「え~、写真撮られるの、やだなあ」
「なんもいやじゃないよ。さあ、みんな並んで並んで」
すると少女らはぞろぞろと一列に並んだ。
「さあ、せっかく写真を撮るんだから、みんな笑おうね~」
すると皆いっせいに笑顔になってVサインまでしてくれた。



やがて港に出た。完全に出来上がった私はふらふらと防波堤の突端まで歩いて行った。
オジサンが宙に浮いたような写り方をしていて、まるで合成写真のように見えるが、これはフラッシュをたいて普通に撮ったものだ。
生暖かい潮風に吹かれていると、何ともいえず幸せな気分になってきた。人生って、まんざら捨てたもんじゃないかもしれんなぁ.....
心からそう思った。

なあ、そこの君。ちっこい黒い君。
君だってそう思うだろう?

CONTAX T3 / RDPⅢ / FUJI SUPERIA 400 / 2004年7月 / 鹿児島にて