旅の途中

悪 夢 


学会で名寄に来ていた。
講演を終えて控え室でくつろいでいると、接待役の青年が入ってきて、「宴席の用意が整っておりますので、どうぞお出でください」と言う。行ってみると、昔の結婚式場みたいに細長いテーブルがずらりと並んで、偉そうな顔をした人達がおおぜい差し向かいに座っている。その中央の席に案内されて「どうぞ、こちらへ」と着席を促されたが、どう見てもこの人達は学会関係者ではなさそうだ。私は座らず立ったままで「ええと、皆さん方はどういった関係の方達ですか?」と尋ねると、正面に座っているひと際偉そうな男が「地元の警察の者です」と云った。私は急に不愉快な気持ちになり「そうですか、警察の方達ですか。それは大変結構なことです。しかし自分はちょっと急用を思い出したので失礼させていただきますよ」と云って、さっさと会場を後にした。



こんなところに長居は無用だ。さっさと札幌に帰るに限る。駅はたしかこっちのほうだったかな。しかし、名寄に来たときの記憶がないから、駅の場所も実はまったく知らないのである。今自分が歩いているゆるやかな坂道と平行して左側に大きな通りがあるようだ。ひょっとすると駅はその左側の通りに面してすぐのところにあるかも知れない。そう思ったが、しかし、本来あるべき街の構造としては、この坂道をまっすぐ登っていった正面に駅はあるべきであり、駅前のロータリーで折り返した道が今左側に見える通りに違いあるまい。だから、どっちの道を行ったって結局は駅に行き着くのだと確信して坂道を登っていった。そうしたら、長い坂を登り切ったところで道は確かにロータリーになって折り返していたが、そこにはなんにもなくて、ただ裸木に止まっているカラスがガーと鳴いていた。私は愕然として、やむをえず折り返しの道を下ることにした。そうしてしばらく行くと、ずっと下のほうに駅が見えた。そこはちょうど先ほど「ひょっとすると駅はすぐそこのところにあるかも知れない」と思った場所だった。あのとき左の通りをちょっと覗いてさえいれば数分で着いたものを、ほんのわずかな労を惜しんで自分の愚かな確信のために数十分も遠回りして、おまけに辺りはすっかり黄昏てしまったではないか。



坂道を下りながら眼下に広がる名寄の街はまるでザルツブルクのように美しかった。なんで名寄にこんな素晴らしい家並みがあるのだろうとびっくりしながら、今日、カメラを持って来なかったことを心から悔いた。この素晴らしい光景を写すことができないなんて、なんという大失敗だろう。ところがよくよく見てみると、その街並みはどうもみんな小型で、本来在るべき大きさの半分くらいしかないことに気づいた。これらはどうも観光用のディスプレイらしい。そういえば以前にもこの街に来て、同じような感想を抱いたことがあったはずだ。そんなふうに思う自分をいぶかしく思い、これは正にデジャビュという奴で、自分は今、夢を見ているのではないかと疑ってみたが、どうやら夢ではなさそうだった。



ともあれ、駅に着いて窓口で切符を買おうとすると、隣りの窓口の職員Bが横から口を出してきて「7時半の急行よりも8時のほうが半額だからお得ですよ。是非そちらにお乗りなさい」と言った。それは本当なのか?と疑って、自分の目の前にいる職員Aを見ると、何やら一心不乱に書類仕事に取り組んでいて切符どころではないといった様子だ。それで仕方なく隣りの窓口に移動して8時の安い切符を買った。ところで、私は長い坂道の上り下りで汗みどろになっていたから、肌着を脱いでビニール袋に入れておいたのだが、切符を買うとき窓口のカウンターに置いたそのビニール袋がなくなっている。きょろきょろと周りを見回していると、職員Bが「お客さん、なにかお探しで?」と訊くので、「ここに置いたビニール袋が失くなってしまって…」と云うと、「ああ、それならこれですか?」と職員Bが机の下からビニール袋を持ち上げた。「中にシャツが入っているでしょう?」と私が云うと、職員Bは突然血相を変えてビニール袋の中を探った。そして驚きと怒りの入り混じった目でこちらを睨んだ。「どうしてくれるんです! 今夜のパン(それはカボチャほどもある大きなフランスパンだった)があんたのシャツのせいで台無しだ!」 たしかに、他人の汗みどろのシャツにくるまったパンなど食べられたもんではなかろう。私はひどくBに同情して、パン代として五百円を渡した。それでお互いに恨みっこなしだ。



改札を通ってホームに向かう地下通路を歩いていくと、壁際に白布のかかった細長いテーブルが置いてあった。なんだか不愉快な気持ちになって、舌打をしながら歩いて行った。



ホームはたくさんの人々でごった返していた。7時半の札幌行きだ。みんな、高い運賃を払ってあんな混雑した列車に乗るなんてご苦労なことだと思って見ていた。7時半のが行って、ホームには自分独りが残された。8時になって自分の列車が来たが、なんだか様子がおかしい。他に乗客は誰もいないし、列車の内装は木製だ。ずっと昔に乗った蒸気機関車の奴とおんなじような気がした。これは夢ではないかといぶかしんでいると、車内放送がかかり、この列車は各駅停車の鈍行で、札幌に着くのは明日の昼頃だと言っている。ふざけるな! そんな話は聞いてないぞ! Bの奴に騙された! 五百円までくれてやって! 私は歯軋りして悔しがり、頭の血管がブチ切れそうになったところで、急に熱くて熱くて、汗びっしょりになって目が覚めた。



五十五にもなって、この程度の夢しか見られないようでは、自分の高も知れている。